有名度
十両久那斗神社
くなとじんじゃ
岩手県北上市和賀町岩沢9-42
岩手県北上市和賀町岩沢9-42

かんたんご利益
- 子供
- 安全
- 厄除
久那斗神社には
「子供系」「安全系」「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
厄病除け 旅行安全 交通安全 子授け
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「道祖神系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
久那斗神社は岩手県北上市に鎮座する神社。御祭神は岐之神の1柱をまつる。
天文三年(1534)、羽黒修験によって岐之神仙人大権現が下宮として勧請されたことに始まる。当初の社殿規模は明らかではないが、天正三年(1575)、別当の円覚院蓮光が二間四面の社殿を造営したとの記録が残る。以後、嘉永四年(1851)まで十五代、三百十七年にわたり修験道場として受け継がれた。この間、火災や大風によって社殿がたびたび倒壊したが、その都度再建された。嘉永四年、法応恭全の代に修験が衰微し、当地における修験道場としての歩みを終えた。その後は産土神として祀られ、近隣集落の氏子によって守り継がれている。例祭日は九月十九日である。
天文三年(1534)、羽黒修験によって岐之神仙人大権現が下宮として勧請されたことに始まる。当初の社殿規模は明らかではないが、天正三年(1575)、別当の円覚院蓮光が二間四面の社殿を造営したとの記録が残る。以後、嘉永四年(1851)まで十五代、三百十七年にわたり修験道場として受け継がれた。この間、火災や大風によって社殿がたびたび倒壊したが、その都度再建された。嘉永四年、法応恭全の代に修験が衰微し、当地における修験道場としての歩みを終えた。その後は産土神として祀られ、近隣集落の氏子によって守り継がれている。例祭日は九月十九日である。
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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