有名度
十両弘渕神社
ひろしえんじんじゃ
岩手県花巻市石鳥谷町江曽9-113
岩手県花巻市石鳥谷町江曽9-113

かんたんご利益
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
弘渕神社は岩手県花巻市に鎮座する神社。御祭神は瀬織津姫命の1柱をまつる。
建長年間(1249~1256)、弘淵山長楽寺の開基である恵休上人が、大和国高市郡から奥州へ下向した。恵休上人は藤原源太夫弘長とも称し、釈迦如来像や六字名号、地蔵尊などの什物を携えて江曽の地に入り、一宇を建立してこれらを奉斎したことが起源と伝えられている。
長楽寺第21代住職の俊教は、人々の救済に尽力した僧として知られる。元文4年(1739)、大旱魃によって農作物が枯死寸前となると、同年8月5日に雨乞いの祈祷を執り行った。すると間もなく大雨が降り、周辺一帯を潤して作物が息を吹き返したと伝えられている。この霊験を受けて、俊教は地蔵尊を大明神として造立し、地域の人々は一祠を建立してこれをまつった。社号は長楽寺の山号「弘淵山」から2字を採り、「弘淵大明神」と称された。その後、瀬織津姫命が合祀され、地域の守護神として信仰を集めるようになった。
明治維新後の神仏分離により、仏教色を帯びた祭祀は改められ、瀬織津姫命を祭神とする神社へと改められた。現在の例祭は4月7日と9月7日に執り行われている。
建長年間(1249~1256)、弘淵山長楽寺の開基である恵休上人が、大和国高市郡から奥州へ下向した。恵休上人は藤原源太夫弘長とも称し、釈迦如来像や六字名号、地蔵尊などの什物を携えて江曽の地に入り、一宇を建立してこれらを奉斎したことが起源と伝えられている。
長楽寺第21代住職の俊教は、人々の救済に尽力した僧として知られる。元文4年(1739)、大旱魃によって農作物が枯死寸前となると、同年8月5日に雨乞いの祈祷を執り行った。すると間もなく大雨が降り、周辺一帯を潤して作物が息を吹き返したと伝えられている。この霊験を受けて、俊教は地蔵尊を大明神として造立し、地域の人々は一祠を建立してこれをまつった。社号は長楽寺の山号「弘淵山」から2字を採り、「弘淵大明神」と称された。その後、瀬織津姫命が合祀され、地域の守護神として信仰を集めるようになった。
明治維新後の神仏分離により、仏教色を帯びた祭祀は改められ、瀬織津姫命を祭神とする神社へと改められた。現在の例祭は4月7日と9月7日に執り行われている。
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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