有名度
十両水分神社
みずわけじんじゃ
岩手県紫波郡紫波町小屋敷字新在家2
岩手県紫波郡紫波町小屋敷字新在家2

かんたんご利益
- 安全
水分神社には
「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
祈雨 止雨 治水
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「ミヅハノメ系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
水分神社は岩手県紫波郡紫波町に鎮座する神社。御祭神は水波能売命の1柱をまつる。
寛永元年(1624)4月8日の棟札には、用水の繁昌を願って社殿が建立されたことが記されている。宝暦9年(1759)に編纂された『御領分社堂』にも、水分大明神の名で記載されている。
藩政期には水分稲荷大明神と称し、本地仏は十一面観音とされた。また、志和稲荷神社、志和古稲荷神社とともに志波三社稲荷の一社として広く信仰を集め、盛岡藩主から社領の寄進を受けた。天保5年(1834)から天保6年(1835)にかけては、近隣住民の出役によって神社へ通じる稲荷街道が開削され、参詣の利便が図られた。
明治維新後の神仏分離により、水分神社へ改称した。明治10年(1877)の『岩手県管轄地誌』には郷邑産土神として記され、祭神は水分之神とされている。その後、明治12年(1879)の神社明細帳において祭神は水波能売命へ改められ、現在に至っている。
神社には里宮が設けられており、室町時代から江戸時代にかけて制作された複数の懸仏や、藩政期以降の棟札が現在まで伝えられている。例祭では里宮を神輿の安住所とし、氏子による神輿渡御が執り行われる。例祭日は9月10日である。
境内には17本のスギ群が生育しており、昭和57年(1982)5月7日に紫波町の天然記念物に指定された。
寛永元年(1624)4月8日の棟札には、用水の繁昌を願って社殿が建立されたことが記されている。宝暦9年(1759)に編纂された『御領分社堂』にも、水分大明神の名で記載されている。
藩政期には水分稲荷大明神と称し、本地仏は十一面観音とされた。また、志和稲荷神社、志和古稲荷神社とともに志波三社稲荷の一社として広く信仰を集め、盛岡藩主から社領の寄進を受けた。天保5年(1834)から天保6年(1835)にかけては、近隣住民の出役によって神社へ通じる稲荷街道が開削され、参詣の利便が図られた。
明治維新後の神仏分離により、水分神社へ改称した。明治10年(1877)の『岩手県管轄地誌』には郷邑産土神として記され、祭神は水分之神とされている。その後、明治12年(1879)の神社明細帳において祭神は水波能売命へ改められ、現在に至っている。
神社には里宮が設けられており、室町時代から江戸時代にかけて制作された複数の懸仏や、藩政期以降の棟札が現在まで伝えられている。例祭では里宮を神輿の安住所とし、氏子による神輿渡御が執り行われる。例祭日は9月10日である。
境内には17本のスギ群が生育しており、昭和57年(1982)5月7日に紫波町の天然記念物に指定された。
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神社詳細
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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