有名度
前頭八坂神社
やさかじんじゃ
岩手県紫波郡紫波町東長岡字天王10-7
岩手県紫波郡紫波町東長岡字天王10-7

かんたんご利益
- 健康
- 仕事
- 厄除
八坂神社には
「健康系」「仕事系」「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
災難除け 疫病除け 五穀豊穣
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「祇園・須佐系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
八坂神社は岩手県紫波郡紫波町に鎮座する神社。御祭神は素盞鳴尊の1柱をまつる。
社格は旧郷社。
社伝では、桓武天皇の延暦年間(782~806)、坂上田村麻呂が東征のため長岡村へ下向し、現在の岩手山にあたる霧ヶ山嶽または岩鷲山を拠点とした大猛丸を討つため、朝日ヶ郷と呼ばれた小丘に軍勢を置いたという。坂上田村麻呂は素盞鳴尊を勧請して武運長久を祈願し、大猛丸を討った翌年、陣跡に素盞鳴尊をまつったと伝えられる。後に朝日森社、さらに牛頭天王社と称された。
文安年間(1444~1446)には、斯波陸奥守義兼と斯波孫三郎詮直が神領を寄進し、社殿を修補した。
天正年間(1573~1592)に南部氏が当地を領すると、歴代藩主が崇敬した。寛永9年(1632)には牛頭天王社の尊称と玄米15駄を永代寄進する証文が与えられ、修験の大学院が別当を務めた。
貞享年間(1684~1688)には野火によって本社と末社が焼失し、棟札や神社記なども失われたと伝えられる。
元禄年間(1688~1704)には南部重信が社殿を造営した。その後も修復が続き、享保6年(1721)に南部利幹、宝暦5年(1755)に南部利雄、寛政5年(1793)と文化5年(1808)に南部利敬、文政10年(1827)、天保10年(1839)、文久2年(1862)に南部利済が社殿を修復した。
明治時代に八坂神社へ改称し、明治6年(1873)に郷社へ列せられた。明治31年(1898)には社号標が建立された。昭和23年(1948)に宗教法人となり、平成6年(1994)から境内整備が進められた。平成12年(2000)には拝殿屋根を銅板葺きに改修し、末社相馬社を新築した。平成16年(2004)には神輿庫の新築と参道整備が行われた。
拝殿は銅板葺きの流造で、境内には相馬神社が鎮座する。参道には石鳥居や石灯籠、石段石垣寄附者芳名碑が残り、境内入口の狛犬と社号標は平成14年(2002)の事故後に復元された。
祭事には元旦祭、新年祭、相馬祭、宵宮祭、例大祭、報賽祭があり、例祭は現在、7月の「海の日」を中日とする3日間にわたり行われる。このほか、合祀祭、勤労感謝祭、御年越祭、大晦日祭が斎行される。
社格は旧郷社。
社伝では、桓武天皇の延暦年間(782~806)、坂上田村麻呂が東征のため長岡村へ下向し、現在の岩手山にあたる霧ヶ山嶽または岩鷲山を拠点とした大猛丸を討つため、朝日ヶ郷と呼ばれた小丘に軍勢を置いたという。坂上田村麻呂は素盞鳴尊を勧請して武運長久を祈願し、大猛丸を討った翌年、陣跡に素盞鳴尊をまつったと伝えられる。後に朝日森社、さらに牛頭天王社と称された。
文安年間(1444~1446)には、斯波陸奥守義兼と斯波孫三郎詮直が神領を寄進し、社殿を修補した。
天正年間(1573~1592)に南部氏が当地を領すると、歴代藩主が崇敬した。寛永9年(1632)には牛頭天王社の尊称と玄米15駄を永代寄進する証文が与えられ、修験の大学院が別当を務めた。
貞享年間(1684~1688)には野火によって本社と末社が焼失し、棟札や神社記なども失われたと伝えられる。
元禄年間(1688~1704)には南部重信が社殿を造営した。その後も修復が続き、享保6年(1721)に南部利幹、宝暦5年(1755)に南部利雄、寛政5年(1793)と文化5年(1808)に南部利敬、文政10年(1827)、天保10年(1839)、文久2年(1862)に南部利済が社殿を修復した。
明治時代に八坂神社へ改称し、明治6年(1873)に郷社へ列せられた。明治31年(1898)には社号標が建立された。昭和23年(1948)に宗教法人となり、平成6年(1994)から境内整備が進められた。平成12年(2000)には拝殿屋根を銅板葺きに改修し、末社相馬社を新築した。平成16年(2004)には神輿庫の新築と参道整備が行われた。
拝殿は銅板葺きの流造で、境内には相馬神社が鎮座する。参道には石鳥居や石灯籠、石段石垣寄附者芳名碑が残り、境内入口の狛犬と社号標は平成14年(2002)の事故後に復元された。
祭事には元旦祭、新年祭、相馬祭、宵宮祭、例大祭、報賽祭があり、例祭は現在、7月の「海の日」を中日とする3日間にわたり行われる。このほか、合祀祭、勤労感謝祭、御年越祭、大晦日祭が斎行される。
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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