有名度
十両山祇神社
やまづみじんじゃ
岩手県岩手郡雫石町西根字上篠崎67
岩手県岩手郡雫石町西根字上篠崎67

かんたんご利益
- 仕事
- 安全
山祇神社には
「仕事系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
諸産業守護 海上安全
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「三島・大山祇系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
山祇神社は岩手県岩手郡雫石町に鎮座する神社。御祭神は大山祇命の1柱をまつる。
社伝によれば、延暦20年(801)、坂上田村麻呂が東夷征討のため北上した際の出来事が神社の起源とされる。田村麻呂の軍勢に追われた大丈丸は霧山嶽を最後の砦として立てこもり、激しく抗戦したという。田村麻呂は武蔵国篠崎村出身の狩人・篠崎八郎を道案内として従え、その滞在地は出身地にちなみ「篠崎」と呼ばれるようになった。田村麻呂は女婿の田村兼光を討手の大将、篠崎八郎を先導役として霧山嶽へ進軍させ、ついに大丈丸を討ち果たしたと伝えられている。
奥州平定後、篠崎八郎は霧山嶽一帯の山守を命じられ、かつての屯所跡へ山の神を勧請したことが山祇神社の起源とされる。坂上田村麻呂の東征伝説と深く結び付いた神社として、現在も地域の人々の崇敬を集めている。例祭は毎年9月12日に斎行される。
社伝によれば、延暦20年(801)、坂上田村麻呂が東夷征討のため北上した際の出来事が神社の起源とされる。田村麻呂の軍勢に追われた大丈丸は霧山嶽を最後の砦として立てこもり、激しく抗戦したという。田村麻呂は武蔵国篠崎村出身の狩人・篠崎八郎を道案内として従え、その滞在地は出身地にちなみ「篠崎」と呼ばれるようになった。田村麻呂は女婿の田村兼光を討手の大将、篠崎八郎を先導役として霧山嶽へ進軍させ、ついに大丈丸を討ち果たしたと伝えられている。
奥州平定後、篠崎八郎は霧山嶽一帯の山守を命じられ、かつての屯所跡へ山の神を勧請したことが山祇神社の起源とされる。坂上田村麻呂の東征伝説と深く結び付いた神社として、現在も地域の人々の崇敬を集めている。例祭は毎年9月12日に斎行される。
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神社詳細
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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