有名度
十両山祇神社
やまづみじんじゃ
岩手県岩手郡雫石町南畑12字大村5-3
岩手県岩手郡雫石町南畑12字大村5-3

かんたんご利益
- 仕事
- 安全
山祇神社には
「仕事系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
諸産業守護 海上安全
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「三島・大山祇系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
山祇神社は岩手県岩手郡雫石町に鎮座する神社。御祭神は大山祇命の1柱をまつる。
社格は旧村社。
神社には複数の創建伝承が残されている。雫石町に伝わる話では、天文年間(1532~1555)、南部氏が滴石を攻めた際、和賀氏の密使が滴石氏との協議のため大村まで来たものの、途中で急死したという。従者の惣蔵は主人の遺骸と携えていた仏像を畑に埋めて引き返し、その後、文禄年間(1592~1596)に農夫の七助が畑を耕している最中に仏像を発見した。七助は自宅で礼拝を続けていたが、寛永年間(1624~1644)に当地を訪れた山伏の勧めにより、村人たちは山祇社を建立して仏像を奉斎したと伝えられている。
一方、神社に伝わる由緒では、元禄2年(1689)に西国出身の山伏・田邑兵衛門清政が守護神を奉じて南畑へ移住し、舘ヶ澤の麓に立つ老杉のそばへ社を建立したという。その後、元文2年(1737)と延享2年(1745)8月に社を再興し、清政は翌延享3年(1746)に89歳で没したと伝えられる。明治3年(1870)6月には村社へ列格した。境内には「姥杉」と呼ばれる推定樹齢約1,400年、高さ約36メートル、目通り周囲約610センチメートルの巨杉があり、平成6年(1994)7月1日に雫石町指定天然記念物となっている。例祭は毎年9月12日に斎行される。
社格は旧村社。
神社には複数の創建伝承が残されている。雫石町に伝わる話では、天文年間(1532~1555)、南部氏が滴石を攻めた際、和賀氏の密使が滴石氏との協議のため大村まで来たものの、途中で急死したという。従者の惣蔵は主人の遺骸と携えていた仏像を畑に埋めて引き返し、その後、文禄年間(1592~1596)に農夫の七助が畑を耕している最中に仏像を発見した。七助は自宅で礼拝を続けていたが、寛永年間(1624~1644)に当地を訪れた山伏の勧めにより、村人たちは山祇社を建立して仏像を奉斎したと伝えられている。
一方、神社に伝わる由緒では、元禄2年(1689)に西国出身の山伏・田邑兵衛門清政が守護神を奉じて南畑へ移住し、舘ヶ澤の麓に立つ老杉のそばへ社を建立したという。その後、元文2年(1737)と延享2年(1745)8月に社を再興し、清政は翌延享3年(1746)に89歳で没したと伝えられる。明治3年(1870)6月には村社へ列格した。境内には「姥杉」と呼ばれる推定樹齢約1,400年、高さ約36メートル、目通り周囲約610センチメートルの巨杉があり、平成6年(1994)7月1日に雫石町指定天然記念物となっている。例祭は毎年9月12日に斎行される。
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神社詳細
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/
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