有名度
十両愛宕神社
あたごじんじゃ
青森県南津軽郡田舎館村大根子字宮崎125
青森県南津軽郡田舎館村大根子字宮崎125

かんたんご利益
- 仕事
- 厄除
愛宕神社には
「仕事系」「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
火難除け 郷土守護 陶器・金属業守護
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「愛宕・秋葉系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
愛宕神社は青森県南津軽郡田舎館村に鎮座する神社。御祭神は迦具土神の1柱をまつる。
坂上田村麻呂が蝦夷征討に赴いた際、神仏の加護を願って大根子村新城館に長福山極楽寺を建立し、不動尊を勧請したことに始まると伝えられる。その後、極楽寺は文和年間(1352~1355年)に大曲の鳥巻へ移り、さらに浅瀬石川の決壊により田舎館へ移転したが、護摩堂の不動尊は大根子村の産土神として堂社に残されたという。
『堂社帳』や延宝8年(1680年)の山伏記録には、「大根子村不動堂者正保二年建立之堂也別当大徳院」と記されている。また、『新撰陸奥国誌』には、「旧は不動の像を安す。木像にして寛永12年(1635年)8月、源正坊作と称し、棟札には寛永7年(1630年)9月、別当源光坊、願主二本柳孫左衛門再建とあることから、寛永以前の創建と知られる」と記録されている。
明治3年(1870年)の神仏分離により祭神を軻遇突智命へ改め、愛宕神社となった。かつては相殿に豊受神・稲荷神・八幡宮もまつられており、地域の信仰を集める神社として現在に至っている。
坂上田村麻呂が蝦夷征討に赴いた際、神仏の加護を願って大根子村新城館に長福山極楽寺を建立し、不動尊を勧請したことに始まると伝えられる。その後、極楽寺は文和年間(1352~1355年)に大曲の鳥巻へ移り、さらに浅瀬石川の決壊により田舎館へ移転したが、護摩堂の不動尊は大根子村の産土神として堂社に残されたという。
『堂社帳』や延宝8年(1680年)の山伏記録には、「大根子村不動堂者正保二年建立之堂也別当大徳院」と記されている。また、『新撰陸奥国誌』には、「旧は不動の像を安す。木像にして寛永12年(1635年)8月、源正坊作と称し、棟札には寛永7年(1630年)9月、別当源光坊、願主二本柳孫左衛門再建とあることから、寛永以前の創建と知られる」と記録されている。
明治3年(1870年)の神仏分離により祭神を軻遇突智命へ改め、愛宕神社となった。かつては相殿に豊受神・稲荷神・八幡宮もまつられており、地域の信仰を集める神社として現在に至っている。
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神社詳細
摂末社・境内社
情報募集
例祭
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文化財
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建築
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神紋
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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