有名度
十両塩竃神社
しおがまじんじゃ
青森県東津軽郡平内町茂浦字茂浦43
青森県東津軽郡平内町茂浦字茂浦43

かんたんご利益
- 仕事
- 子供
- 安全
塩竃神社には
「仕事系」「子供系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
海上安全 大漁 安産
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「塩竈系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
塩竃神社は青森県東津軽郡平内町に鎮座する神社。御祭神は味耜高彦根命の1柱をまつる。
天正13年(1585年)、須藤三九郎、須藤十左衛門、釜師の浪岡六兵衛らによって創建された。その後一時中絶したが、寛永11年(1634年)、かつて塩釜が置かれていた跡地から高さ1尺5寸の銅造観音像が出現したため、藩へ届け出たところ別堂の造立が命じられ、現在地へ社殿を新築して遷座した。造営には日光院第4代山名法印や須藤三郎兵衛をはじめとする村人が携わり、岩木山神社の分霊と伝えられる小像もあわせてまつられた。
茂浦村では南部藩領時代から製塩が盛んに行われ、正保4年(1647年)頃までに5か所の製塩所が存在した。元禄15年(1702年)頃には年間約6,000俵の塩が生産されていたと記録されており、当社の創建も当地の製塩業と深く結び付いている。
昭和10年(1935年)10月17日には、拝殿内にあった本殿を独立した社殿として新築し、遷座した。さらに昭和34年(1959年)10月17日には、本殿の玉垣を新設するとともに、拝殿の修理・改築が行われ、社殿の整備が進められた。
天正13年(1585年)、須藤三九郎、須藤十左衛門、釜師の浪岡六兵衛らによって創建された。その後一時中絶したが、寛永11年(1634年)、かつて塩釜が置かれていた跡地から高さ1尺5寸の銅造観音像が出現したため、藩へ届け出たところ別堂の造立が命じられ、現在地へ社殿を新築して遷座した。造営には日光院第4代山名法印や須藤三郎兵衛をはじめとする村人が携わり、岩木山神社の分霊と伝えられる小像もあわせてまつられた。
茂浦村では南部藩領時代から製塩が盛んに行われ、正保4年(1647年)頃までに5か所の製塩所が存在した。元禄15年(1702年)頃には年間約6,000俵の塩が生産されていたと記録されており、当社の創建も当地の製塩業と深く結び付いている。
昭和10年(1935年)10月17日には、拝殿内にあった本殿を独立した社殿として新築し、遷座した。さらに昭和34年(1959年)10月17日には、本殿の玉垣を新設するとともに、拝殿の修理・改築が行われ、社殿の整備が進められた。
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神社詳細
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出典
青森県神社庁
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/
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