橘守部
たちばなもりべ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 国学者
江戸 [1781年~1849年]
橘守部とは?
橘守部《たちばな もりべ》(1781年~1849年)は、江戸時代後期の国学者・歌人である。本姓は飯田氏で、伊勢国朝明郡小向村(現在の三重県朝日町)に生まれた。幼少期に一家が離散し、各地を経て江戸へ出て漢学を学んだ後、独学で国学を修めた。『日本書紀』を重視し、『古事記』を中心とした本居宣長の学説に対して独自の見解を展開したことで知られ、伴信友・平田篤胤・香川景樹とともに「天保の四大家」の一人に数えられる。主な著作には『稜威道別』『稜威言別』『万葉集檜嬬手』『助辞本義一覧』などがあり、古語や文法、神典の研究に大きな足跡を残した。弘化2年(1845年)には神典注釈書『稜威道別』を朝廷へ献上するなど、晩年まで国学研究に尽力した。 橘守部は、三重県朝日町の小向神社で祭神としてまつられている。同社は守部の生誕地に近く、郷土が生んだ国学者を顕彰するために合祀されたものである。守部は国学や古典研究の発展に貢献した人物として位置付けられており、小向神社では地域ゆかりの偉人として顕彰されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
小向神社
(三重県朝日町大字小向1573-3)
