酒井忠稠 神社の神様 - 神社ファン

酒井忠稠

さかいただしげ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 藩主(敦賀藩)

江戸 [1653年~1706年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 酒井忠稠とは?

    酒井忠稠《さかい ただしげ》(1653年~1706年)は、江戸時代前期から中期の大名で、越前国敦賀藩の初代藩主である。若狭国小浜藩第2代藩主・酒井忠直の次男として生まれた。天和2年(1682年)、父の死去に伴って越前国敦賀郡と近江国高島郡に1万石を分与され、小浜藩の支藩として敦賀藩を立てた。敦賀湾岸の鞠山に陣屋が置かれたことから、敦賀藩は鞠山藩とも呼ばれた。忠稠は大番頭などの幕府役職を務めながら藩政を担い、宝永3年(1706年)に54歳で死去した。跡は長男の酒井忠菊が継ぎ、敦賀藩は明治初年まで酒井家によって治められた。 酒井忠稠は、福井県敦賀市の鞠山神社で保食神とともに祭神としてまつられている。鞠山神社は、鞠山陣屋に祀られていた稲荷神社を前身とし、明治38年(1905年)、旧藩士や地域住民が敦賀藩初代藩主である忠稠の200回忌にあわせて合祀し、社名を鞠山神社と改めたと伝えられる。忠稠は敦賀藩を開いた藩祖として奉斎され、鞠山藩と地域の歴史を伝える存在となっている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    鞠山神社
    (福井県敦賀市鞠山93-24)