畠山重宗
はたけやましげむね
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
平安~鎌倉
畠山重宗とは?
畠山重宗《はたけやま しげむね》(生没年不詳)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武将で、武蔵国を本拠とした畠山氏の一族である。父は畠山重能で、畠山重忠の弟にあたるとされる。鎌倉幕府の歴史書『吾妻鏡』には、元久2年(1205年)に畠山重忠が北条時政らの策謀によって討たれた際、重宗は奥州にいたと記されている。重宗のその後の動向を伝える確かな史料は乏しいが、新潟県の蒲原神社には、重宗が一族の滅亡後に越後国へ逃れたとする伝承が残されている。 畠山重宗は、新潟県新潟市の蒲原神社にゆかりの人物として伝えられている。同社の伝承によれば、重宗は妻とともに越後国へ逃れ、蒲原神社の前身である青海社に参籠したという。蒲原神社の奥の院本殿には、重宗夫妻を表したと伝えられる2体の木像が御神体として安置されている。この木像は「木造伝畠山重宗夫妻坐像」の名称で、新潟県指定有形文化財に指定されている。ただし、像内の墨書から建武元年(1334年)に制作されたことが判明しており、重宗自身が作った像ではなく、後世に制作された夫妻像である。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
蒲原神社
(新潟県中央区長嶺町3番18号)
