片倉景綱
かたくらかげつな
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 藩士(仙台藩)
戦国~江戸 [1557年~1615年]
片倉景綱とは?
片倉景綱(1557-1615)は戦国?江戸時代前期の人物。小十郎の通称でも呼ばれた。片倉景重の子で、異父姉に伊達政宗の乳母となった喜多がいる。片倉重長らの親。山形県米沢市の八幡宮(現成島八幡神社)の神職の家に生まれる。はじめ伊達氏16代当主・伊達輝宗の小姓として仕え、後に輝宗の近臣であった遠藤基信に推挙され政宗の傳役《もりやく》となり、政宗が家督を相続した後も参謀役として支え続けた。天下人の豊臣秀吉、徳川家康らもその才を高く評価していたといわれる。 景綱は神明社(宮城県白石市)で主君の政宗と共に祭神としてまつられている。政宗が白石城を攻め落とした際、先陣の功により景綱に城地が与えられ神社は城の鎮守社となった。宮司は片倉家の家臣が代々務め、現代に続いている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
神明社
(宮城県白石市益岡町1-17 )
