立花誾千代
たちばなぎんちよ
- 歴史的人物
- 男神・男性

良清寺所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 武人
戦国 [1569年~1602年]
立花誾千代とは?
立花誾千代(1569-1602)は戦国〜安土桃山時代の女性城主。戸次鑑連の子で夫は立花宗茂。豊後国(大分県)の守護大名である大友氏の家臣・戸次家に生まれる。跡を継ぐ男子のなかった鑑連より家督を譲られ、7歳にして立花山城主となった。この相続は、主君・大友宗麟、嫡男・大友義統親子より安堵を受けた文書に見ることができる。数え13の歳に、大友氏の家臣・高橋紹運の長子で15歳の宗茂を婿に迎える。この婚姻により、立花家の家督は宗茂に引き継がれた。豊臣秀吉による九州征伐の後、宗茂は秀吉の直臣となり筑後国(福岡県)柳川に領地が与えられた。柳川へ入城後、誾千代は城下の宮永村に邸を構え住んだとされ「宮永殿」と呼ばれた。関ヶ原の戦いで西軍に属した立花家は改易となり、誾千代は加藤清正の領国・肥後国(熊本県)玉名郡腹赤村に身を寄せる。しかし2年後の1602年、病のため34歳で死去。後に柳川へ復帰した宗茂によって良清寺が創建され、誾千代の菩提が弔われた。 誾千代は三柱神社(福岡県柳川市)で主祭神・瑞玉霊神としてまつられている。ご利益は無病息災、安産守護など。父、夫と共に合祀され、柳河藩9代藩主・立花鑑賢によって現在の地に遷座された。
ご神徳
無病息災 安産守護
