毛利元就
もうりもとなり
- 歴史的人物
- 男神・男性

毛利博物館所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング655位
- 大名
戦国 [1497年~1571年]
毛利元就とは?
毛利元就(1497-1571)は戦国時代の大名。父親は安芸国(広島県)の国人領主毛利弘元、母親は正室福原広俊の娘。元就の生誕した時代は応仁の乱に端を発した戦国時代の初期に当たる。毛利家は尼子氏の配下にある吉田盆地を拠点とする一国人であった。若くして父母を失い不遇な幼少期を過ごした元就であったが長兄毛利興元の急逝などもあり毛利家の家督を27歳にして継承することとなる、元就は大内氏の配下に入り有田中井手の戦いで佐東銀山城主武田元繁を撃破すると近隣の土豪を支配し安芸国の統一を実現した。安芸国の領主として名を上げた元就は尼子氏の侵攻を受けるが5ヶ月にわたる籠城戦に耐え抜き退け、さらには翌年に大内氏の尼子攻めに従軍し安芸国、備前国の支配を確実なものとする。その後、大内氏の重臣陶晴賢が謀反を起こすと小早川氏、村上水軍の援助を得て晴賢を滅亡に追い込む。さらには晴賢の傀儡政権であった大内義長を滅ぼし毛利氏の版図を中国のほぼ全土に広げることに成功した。 元就は山口県山口市にある豊栄神社に祭神として祀られている。豊栄神社は関ケ原の敗戦により長門国に遺風された移封された毛利輝元が萩江向村の春日神社境内に元就の霊を祀ったことが前身となる。
ご神徳
ご神徳は不明です。
