服部長七
はっとりちょうしち
- 歴史的人物
- 男神・男性

岩津天満宮所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- その他
江戸~大正 [1840年~1919年]
服部長七とは?
服部長七(1842-1919)は明治時代の土木技術者。三河国碧海郡(愛知県碧南市)の左官職人の家に生まれる。地元で左官業を開業するが、田舎仕事に満足できず職を次々と変えた後に東京で饅頭屋を開業した。饅頭屋は繁盛したが用いる水道水の品質が悪く、長七は水質改善のために左官職人時代に修行した「たたき」の技術を応用して水を濾過する漉水器を考案した。たたきとは石灰に三河地方に多く存在する花崗岩が風化し土壌化した種土を混ぜ早生練り固めた人工石である。その後、長七の技術は宮内庁などにも徐々に認められるようになり皇居学問所や青山赤坂離宮の施工などを請け負うようになる。この技術は明治時代初期に開催された内国勧業博覧会などに出展。この頃より長七たたきと呼んでいた技術を「人造石」と称するようになる。長七が土木技術者として最初に請け負った大規模工事は郷里にある服部新田の築堤工事であった。江戸時代より放置されていた海岸荒地を長七の人工石技術により見事に完成に導いた。その後も名古屋築港、四日市築港、広島県宇品築港など次々と大規模土木工事を完成に導いた。 長七は愛知県岡崎市にある岩津天満宮に祭神として祀られている。愛知県岡崎市にある夫婦橋架け替え工事の際に岩津の天神様のお告げにより欠陥を発見し完成に導いたという逸話が残っている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
新川神社
(愛知県碧南市千福町一丁目38番)
