菊池武政 神社の神様 - 神社ファン

菊池武政

  • 歴史的人物
  • 不明

祭神ランキング1527位

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 菊池武政とは?

    菊池武政(1342-1374)は南北朝時代の人物。次郎の通称でも呼ばれた。菊池武光の子で菊池武朝の親。肥後(熊本県)菊池氏惣領15代で、九州南朝方の主将だった父・武光と共に九州における北朝勢力との戦いに従軍した。1367年に肥後守となり、同時期に家督を継ぎ16代となり、菊池城を築いて総領の拠点を移したと考えられている。1372年に九州探題の今川了俊(貞世)と交戦し大宰府を失い、筑後(福岡県)の高良山まで退いたが、陣中で死去した父に続き、翌年には武政も高良山陣中で死去した。正観寺(熊本県菊池市)に墓所がある。肥後国誌などによると、小木阿蘇神社(熊本県熊本市)、北宮阿蘇神社(熊本県菊池市)は武政が勧請したとされている。 武政は菊池神社(熊本県菊池市)で祭神としてまつられている。明治天皇の勅により、菊池氏の功を賞して菊池城跡に創建された。12、13、15代当主を主神とし、武政以下、一族の26柱を配祀する。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。