忍壁皇子
おさかべのみこ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 皇族
飛鳥 [~705年]
忍壁皇子とは?
忍壁皇子(?-705)は飛鳥時代の皇族。父親は第40代天武天皇、母親は宮人であるかじ媛娘。申の乱勃発の際には天武天皇として即位する前の大海人皇子に随行し東国に赴いている。その後即位した父天武天皇には6人の皇子がいた。長男は高市皇子であったが母親の位が低かったために次男である皇后の子供草壁皇子を皇位継承者と定めて他の5人の皇子はこれに従い争いを起こさぬよう盟約を結ばせた。吉野の盟約と呼ばれ、忍壁皇子はこの5人の皇子の一人である。父天武天皇が没し、持統天皇の代になると皇位継承者であった草壁皇子、高市皇子が続いて没し、忍壁皇子は天武天皇の御子としては最年長となった。しかし、持統天皇は孫の軽皇子を文武天皇として皇位を継承した。忍壁皇子は藤原不比等らと共に大宝律令の編纂にたずさわり完成に寄与している。また、この律令による定めた位階により親王、内親王に与えられる三品に任じられた。その後、忍壁皇子は知太政官事に任命され若い文武帝を補佐する役目となった。また、忍壁皇子が高松塚古墳の埋葬者であるという説もある。 忍壁皇子は兵庫県姫路市にある長壁神社に祭神として祀られている。長壁神社では忍壁皇子は刑部親王と記され、王女豊姫と共に祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
忍坂部皇子おさかべのみこ
その他
刑部親王おさかべしんのう
その他
祀られている主な神社
長壁神社
(兵庫県姫路市立町33番)
