二宮金次郎
にのみやきんじろう
- 歴史的人物
- 男神・男性

岡本秋暉 - 報徳博物館所蔵(パブリック・ドメイン)

表記なし
祭神ランキング495位
- その他
江戸 [1787年~1856年]
二宮金次郎とは?
二宮金次郎(1787-1856)は江戸時代の農政家。諱は尊徳。相模国(神奈川県)の農家に長男として生まれる。幼少期は比較的裕福な家庭だったが、水害により田畑を失い、貧困生活を送る中で両親を亡くす。16歳の金次郎は幼い弟2人を母の実家に預け、自身は伯父の家へ身を寄せ、昼夜働きながらも学問を続けた。また空き地を利用して菜種や捨て苗で収穫を得るなどし、20歳で生家を再興させた。その後、奉公に出ていた小田原藩で、家老・服部家の立て直しを依頼され成功すると、小田原藩主・大久保忠真より下野国(栃木県)桜町領の財政再建を命じられ、10年の時を要したが桜町領は復興を遂げた。金次郎は節約・貯蓄を中心とした生活様式に基づいた「報徳仕法」によって農村の復興を図り、金次郎によって再建を果たした村は600に達するといわれている。晩年は幕臣に登用され日光神領などの復興に取り組むが、事業半ばで病に倒れ70歳で死去した。 金次郎は神奈川県小田原市をはじめとした、報徳二宮神社で主祭神としてまつられている。最期を迎えた日光市今市の報徳二宮神社には、金次郎の墓や遺品が収められた宝物館があり、報徳仕法に関する書物や日記などを見ることができる。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
二宮金次郎にのみやきんじろう
その他
二宮尊徳にのみやそんとく
その他
