難波皇子
なにわのみこ
- 神話・伝説
- 男神・男性

祭神ランキング776位
難波皇子とは?
難波皇子は記紀神話などに登場する男神。難波王、難波親王とも表記される。第30代敏達天皇と老女子夫人の子で、栗隈王らの親。同母兄弟に春日皇子らがいる。新撰姓氏録によれば、路真人、守山真人、甘南備真人ら6氏族の祖とされ、子孫には橘諸兄がいる。用明天皇2年に、仏教の受容を巡り対立していた廃仏派の大連・物部守屋を崇仏派の大臣・蘇我馬子が攻めた際、泊瀬部皇子(第32代崇峻天皇)、厩戸皇子(聖徳太子)ら諸皇子と共に馬子に味方し守屋を討った。 難波皇子は千栗八幡宮(佐賀県三養基郡)で祭神としてまつられている。九州五所別宮の一つで、地元では「ちりくさん」の通称で呼ばれる。その年の農作物の出来を占う神事「お粥だめし」が有名。
出典文献
古事記
日本書紀
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
難波王なにわのみこ
古事記
