楠木正家 神社の神様 - 神社ファン

楠木正家

くすのきまさいえ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

南北朝

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 楠木正家とは?

    楠木正家(?-1348)は南北朝時代の人物。楠正成の弟、もしくは曾孫という説があるが確証はない。「左近蔵人」の通称でも知られている。正家は主に延元の乱で活躍した武将で、同戦では常陸国(現在の茨城県)久慈郡を拠点としていた。延元の乱は後醍醐天皇と足利尊氏の決裂に起因する戦であり、正家は同族の長であった楠正成と共に後醍醐天皇に与した。戦が始まると軍を率いて常陸国へ向かい、足利方についた佐竹氏と交戦、敵将の佐竹義冬を討ち取っている。これによって戦況は後醍醐天皇有利に傾くが、その後の湊川の戦いにて棟梁の正成が戦死して戦況が一変。湊川の戦いを制した足利方の兵力が続々と常陸国に向かい、正家が拠点とした瓜連城はほどなくして陥落してしまう。その後の正家の動向は不明だが、一説には四条畷《しじょうなわて》の戦いで楠正行らと共に戦死したとも。秋田県由利本荘市に「正四位上副将軍楠出羽守橘朝臣正家之墓」と刻まれた墓があり、これが正家の墓所であると言い伝えられている。 大阪府の四条畷神社は楠正行を主祭神とするが、「楠正行配下・二十四将の一人」として正家を合祀している。主なご利益は国家安泰・開運招福・諸願成就など。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    四條畷神社
    (大阪府四條畷市南野2-18-1)