徳川信康
とくがわのぶやす
- 歴史的人物
- 男神・男性

勝蓮寺所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1003位
- 武人
戦国~安土桃山 [1559年~1579年]
徳川信康とは?
徳川信康(1559-1579)は戦国時代から安土桃山時代にかけての人物。徳川家康の子で、登久姫らの親。妻は徳姫ほか。生前は徳川信康を名乗っていたが、江戸時代以降は徳川姓の価値が高まった影響で「松平信康」と称されている。信康は言わずと知れた江戸幕府初代将軍・徳川家康の長男として誕生した。しかし当時の家康の力はあまり強くなく、長男の信康も今川氏の人質として幼少期を過ごしている。桶狭間の戦いの後に人質交換で岡崎城に移り、9歳にして織田信長の娘・徳姫と結婚。同年、浜松城に移った家康から岡崎城を譲られて城主となった。戦では勇猛果敢な武将として名を轟かせ、数々の戦において軍功を挙げている。このように血統も良く、武将としても有能な人物であったが、1579年8月には家康の命で岡崎城を出され、同年9月には切腹を命じられ、21歳でこの世を去った。この切腹は、主君であり義父の織田信長から謀反の疑いをかけられたことに起因するとみられる。 信康を祭神として祀っているのは、山形県酒田市の中山神社など。また静岡県浜松市には、立場上どうしても長男に切腹を命じざるを得なかった家康が、信康を供養するために建立した清瀧寺がある。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
松平信康まつだいらのぶやす
その他
