徳川光圀
とくがわみつくに
- 歴史的人物
- 男神・男性

狩野常信 - 水戸徳川博物館所蔵(大徳川展図録 パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1003位
- 藩主(水戸藩)
江戸 [1628年~1701年]
徳川光圀とは?
徳川光圀(1628-1701)は江戸時代前期の人物。徳川頼房の子で、徳川綱條らの親。常陸国(現在の茨城県)水戸藩の初代藩主の三男として生まれ、家督を継いで2代水戸藩主となった大名である。当時は一般的な文化だった殉死(主君の後を追って自殺すること)を禁止し、蝦夷地の探検を行った業績などが著名。後年には「大日本史」の修史に着手し、古典研究や文化財の保存活動など、後世の日本文化に大きな影響をもたらす事業を手掛けた。5代将軍・綱吉の時代には幕政にも影響力を持っており、江戸時代200年における最重要人物の一人と言っても過言ではない。存命中にはすでに名君として知られていた光圀だが、江戸時代後期から近代にかけては「水戸黄門」の名で大衆的人気を獲得し、映画やテレビドラマの題材に用いられるようになった。領内の神社の修造を助けていた一方で、神仏分離に徹底的な取り組みを行い、1000を超える寺社の破却・移転を断行したことが記録されている。 光圀を祀る神社としては茨城県水戸市の「常盤神社」や、生誕の地に建立された「義公祠堂(水戸黄門神社)」が有名。勉強家の光圀にあやかり、合格祈願・学業成就のご利益が期待される。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
高譲味道根之命たかゆずるうましみちねのみこと
その他
