藤原景清
ふじわらのかげきよ
- 歴史的人物
- 男神・男性

歌川国芳(パブリック・ドメイン)

緑亭川柳(英雄百首)
祭神ランキング280位
- 武人
平安~鎌倉 [~1196年]
藤原景清とは?
藤原景清(?-1196?)は平安〜鎌倉時代の武士。藤原(伊藤)忠清の子。平氏の侍大将として活躍し、大きな体と勇猛さで悪七兵衛の異名を持つ。また平氏一門と共に都落ちにも従ったことから、平景清の名でも呼ばれる。1180年に平知盛を大将軍とした源頼政との戦いに参戦。以降、源(木曽)義仲・行家との戦い、一の谷の戦い、屋島の戦いで奮戦を続け、平氏が滅んだ壇ノ浦の戦いを生き延びた。その後、東大寺の落慶法要に列席する源頼朝を暗殺しようして捕らえられ、鎌倉幕府の御家人・八田知家に預けられたが、食を断ち死去したとされる。景清についての伝説は広く知られ、後世の浄瑠璃や歌舞伎などの古典芸能で演じられるようになり、景清の演目は「景清物」と呼ばれるようになった。熱田神宮所蔵の脇差「あざ丸」は、壇ノ浦の戦い後に身を潜めた景清が奉納したものといわれている。また熱田神宮境内の清水社には、眼病を患った景清が湧き水で病を治したとの伝承がある。 景清は生目神社(宮崎県宮崎市)などで祭神としてまつられている。生目神社は景清の伝説が残る神社であり、各地には生誕の地や住居跡との伝承を基に景清の名を冠した神社が建立されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
平景清たいらのかげきよ
その他
伊藤景清いとうかげきよ
その他
悪七兵衛あくしちびょうえ
その他
祀られている主な神社
生目神社
(宮崎県宮崎市大字生目345番)
生目神社
(香川県三豊市豊中町笠田笠岡191番)
生目社
(福岡県田川市弓削田2361番)
生目神社
(福岡県行橋市元永字土ノ山898番)
生目神社
(熊本県八代市鏡町塩浜370)
