島津以久
しまづもちひさ
- 歴史的人物
- 男神・男性

東京大学史料編纂所所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 大名
戦国~江戸 [1550年~1610年]
島津以久とは?
島津以久(1550-1610)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名。日向国佐土原藩初代藩主。島津家当主・島津貴久の弟・忠将の子。父・忠将が廻城を肝属氏と争い戦死した後は、叔父の貴久たちに養育された。1565年に大隈国帖佐郷を拝領し、清水城に入る。1578年の日向国高城での大友軍との戦いの折には、以久が敵陣に突き進み奮戦したことが勝利に繋がり、功績を認められた。豊臣秀吉の九州征伐後の領地再編で1599年には大隈・垂水の領地を与えられ、これが垂水島津家の興りとなる。関ヶ原の戦いの後、島津家当主・島津家久は種子島移封後初めて鶴丸城へと以久を呼び寄せ、関ヶ原で戦死した島津豊久の旧領・日向那珂郡佐土原3万石を以久に与えた。これは徳川家康の意向だったと言われる。これで以久は日向佐土原藩の初代藩主となり、後に康元の刀を賜った。当時、徳川家康に拝謁するため以久が家宝の肩衝茶入を献上したものが、「島津肩衝」と名付けられた。晩年は城の普請に貢献し、死去したのも丹波国篠山城の普請の為に上洛した折であった。 宮崎県宮崎市佐土原町上田島にある佐土原神社では、10代藩主・島津忠寛とともに以久を主祭神として祀っている。この神社は明治時代に創建されたものである。
ご神徳
ご神徳は不明です。
