土居清良
どいきよよし(せいりょう)
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
戦国~江戸 [1546年~1629年]
土居清良とは?
土居清良(1546-1629)は戦国〜江戸時代の武士。土居清晴の子で土居清宗の孫。伊予国(愛媛県)の小領主土居家に生まれる。1560年の石城の戦いで祖父と父が戦死。清良は土佐国(高知県)一条氏の元へ落ち延びる。数年後、伊予国に戻り、宇和島の領主・西園寺公広に仕え大森城主となり、豊後国(大分県)・大友氏、土佐国・一条氏、長曾我部氏などの侵攻を防ぎ多くの功をあげた。豊臣秀吉の四国征伐に伴い戸田勝隆が新たな領主となると、清良は野に下り84歳で生涯を終えた。隠遁生活を送る中で、その後に宇和島の領主となった藤堂高虎からの招きを断ったなどの逸話も残される。清良の生涯は、全30巻に及ぶ「清良記」に見ることができる。清良記は一族の土居水也によって書かれたとされる軍記物で、中でも家臣・松浦宗案の農事答申書からなる第7巻「親民鑑月集」は日本最古の農書として知られる。しかし近年その内容から、江戸時代に編纂されたとの説が有力となっている。 清良は清良神社(愛媛県宇和島市)で主祭神としてまつられている。善政をしいた清良は村民から慕われ、1661年に清良大明神として勧請されまつられた。また近くの竜泉寺には清良の廟が残されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
土居清良どいせいりょう
その他
