田口与一郎 神社の神様 - 神社ファン

田口与一郎

たぐちよいちろう

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • その他

戦国 [~1550年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 田口与一郎とは?

    田口与一郎(?-?)は戦国時代の人物。田口鑑親の子。与一郎ではなく、興一郎と称されることもある。与一郎の生きた時代、田口家が仕えていた大友氏では陰惨な家督争いが起きていた。当時の大友氏当主・大友義鑑は側室の子である塩市丸を後継に推していたが、本来の嫡男であった大友義鎮とその家臣たちが反発。やがて義鑑は、義鎮につく家臣を次々に誅殺するという暴挙に出た。義鎮派の筆頭家臣であった与一郎の実父・鑑親は、このままでは自分たちの身も危ないと判断し、数名の仲間と共謀して義鑑らの闇討ちを図った。鑑親は企み通り塩市丸を含む数名を殺害したが、自身もその場で討ち取られて死亡。この事件により田口家には逆賊の汚名が着せられ、実行犯の子である与一郎にも討伐命令が下された。与一郎は追っ手から逃げるべく洞穴に身を隠したが、洞穴に食料を運ぼうとした支援者が追っ手に後をつけられ、あえなく捕縛。成す術なく処刑されてしまったと伝わる。 与一郎は現在、大泊の御霊神社に祀られている。潜伏していた洞穴も「田口与一郎の隠れ穴」として現存するが、こちらは危険な地形を経由しなければならないため、よほど地形に詳しい地元民でなければ近づけない。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

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    田口松枝