奥平貞能
おくだいらさだよし
- 歴史的人物
- 男神・男性
祭神ランキング1527位
- 大名
戦国 [1536年~1598年]
奥平貞能とは?
奥平貞能(1537-1599)は戦国時代の武将。三河国作手の国人領主奥平定勝の嫡男。母親は水野忠政の妹。桶狭間の戦いで今川氏が敗戦するとその勢力は衰え徳川氏との間で争いが激化する。当初奥平家は今川方に与していたが、父定勝の死を機会に貞能は徳川方に仕えるようになった。しかし、甲斐国の武田勢が三河に進行すると一転して貞能は武田側に付き従う。しかし、武田勢の中で貞能は徳川方との内通を疑われ人質を差し出さざるを得なくなるなど立場は苦しいものであった。一歩で徳川方は三河国境の守りとして貞能の徳川家への帰参を画策し、貞能に家康長女の亀姫と貞能の嫡男定昌との婚姻、領地加増などを持ち掛けている。この徳川勢に呼び掛けに応じて貞能は徳川方に帰参しているが、この事により仙丸君らの差し出した人質は惨殺されている。しかし、長篠城では押し寄せる武田勢に対してわずかな兵で籠城を耐え抜き織田・徳連合軍の勝利に大きく貢献した。 貞能は大分県中津市にある奥平神社に祭神として祀られている。奥平神社は江戸時代に中津藩に移封となった奥平家7代目当主奥平昌茂が奥平家中興の祖と言われる貞能ら最大の当主を祀り建立した神社である。
ご神徳
学問成就
祀られている主な神社
奥平神社
(大分県中津市二ノ丁1273)

