堀直重 神社の神様 - 神社ファン

堀直重

ほりなおしげ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
堀直重

須坂市立博物館所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 大名

江戸 [1836年~1868年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 堀直重とは?

    堀直重(1585-1617)は江戸時代の人物。堀直政の子で、堀直升らの親。兄に堀直清・堀直寄・堀直之らがいる。父親にあたる直政は戦国~江戸時代初期にかけて活躍した名家老であり、その子らも順当に武将の道を歩んだ。直重は若くして二代将軍・徳川秀忠に仕え、1600年に勃発した関ヶ原の戦いにおいては多大な軍功を挙げている。これにより直重には下総国(現在の千葉県)に2000石と、信濃国(現在の長野県)に6000石の所領が与えられた。1614年からの大阪の陣にも参戦し、毛利軍に奪われた味方の軍旗を取り返した功績が認められて4000石の加増を受けている。最終的に1万2000石の所領を誇る須坂藩の主となった直重だが、その生涯は僅か33年で幕を閉じた。死因は公式記録にないが、香取神宮の祭礼で奉納相撲を見物した後、神官と口論したため帰りに闇討ちされたという言い伝えがある。 直重の死後は長男の直升が家督を継ぎ、子孫は廃藩置県に至るまで須坂藩を代々守り続けた。ゆえに直重は須坂藩の初代藩主にして、信濃須坂堀家初代としても知られる。かつての須坂藩居館跡地には現在、直重およびその子孫の直虎を祭神とした「奥田神社」が建つ。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    奥田神社
    (長野県須坂市大字須坂757)