堀直虎 神社の神様 - 神社ファン

堀直虎

ほりなおとら

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
堀直虎

須坂市立博物館所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 藩主(須坂藩)

江戸 [1836年~1868年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 堀直虎とは?

    堀直虎(1836-1868)は、江戸時代末期の大名、信濃須坂藩第13代藩主、信濃須坂藩13代。若年寄、外国総奉行を務めた。幼いころから利発な子供であったそうで、武芸の他に折衷派儒学、蘭学、兵学を学んだとされる。剣術は江戸にその名を知られた直心影流の「男谷道場」で修業していた。1861年に兄の第12代藩主・直武が隠居したため家督を継いだ。家老たち41名を粛正するなど藩政改革を行い、英国式軍制を敷いた。西洋の技術を取り入れることに積極的であり、自ら写真機を購入して撮影した肖像写真が残されている。また自分のことを英語でストレートタイガーと称するなどして、人々には「唐人堀」と呼ばれていた。江戸幕府の政治にも関わり、1864年の天狗党の乱討伐で名を挙げるが、直後に幕府に意見し差控を命じられており、この頃から幕府保守派から疎まれていたとする説もある。1867年若年寄兼外国総奉行に就任するが、約1か月半後、突如直虎は江戸城中で自害した。享年33。この理由については、3日前に親友・山内豊福が自害していたこと、幕府への進言が聞き入れられなかったことなど複数の説がある。 長野県須坂市大字須坂常盤町の須坂藩居館跡にある奥田神社は、堀直虎を主祭神として祀っている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    奥田神社
    (長野県須坂市大字須坂757)