仲恭天皇
ちゅうきょうてんのう
- 歴史的人物
- 男神・男性

忠孝之日本社(輝く皇国 : 歴代天皇御尊影と御陵及二千六百年史錦絵輯)
祭神ランキング1527位
- 天皇
鎌倉 [1218年~1234年]
仲恭天皇とは?
仲恭天皇(1218-1234)は鎌倉時代の皇族。第84代順徳天皇と九条立子の皇子。後鳥羽上皇は祖父にあたる。生まれた翌月には立太子され、順徳天皇が後鳥羽上皇による討幕の計画に加わるため譲位。4歳での即位となり、叔父で左大臣の九条道家を摂政とした。間もなく起きた鎌倉幕府打倒の挙兵「承久の乱」は幕府軍の圧倒的勝利で終わり、後鳥羽上皇は隠岐に、順徳上皇は佐渡に流され、仲恭天皇も幕府によって後堀河天皇へと譲位させられた。退位後は、母の実家である九条邸で隠棲し17歳で死去。同年、唯一の皇女が誕生している。在位期間が70日余りと短く、正式な即位式や大嘗祭も行われず廃されたため、半帝、後廃帝、九条廃帝などと呼ばれ長らく天皇に列せられなかったが、1870年に明治政府によって仲恭天皇と追諡され歴代天皇に加えられた。陵墓についての記録は残されておらず、1889年になって死去した九条邸に因んだ地を陵域と定め、円丘を築き九條陵とした。 仲恭天皇は若宮八幡宮社(京都市東山区)で祭神としてまつられている。明治時代に当時の宮内省が、仲恭天皇の陵と見立てられていた塚本社から神体を移し、若宮八幡宮社の左相殿へとまつった。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
九条廃帝くじょうはいてい
その他
承久の廃帝じょうきゅうのはいてい
その他
