村国男依
むらくにのおより
- 歴史的人物
- 男神・男性

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング776位
- その他
飛鳥 [~676年]
村国男依とは?
村国男依(?-676)は飛鳥時代の人物。子に志我麻呂がいる。美濃国(現在の岐阜県)の豪族・村国氏の血筋。男依は舎人として大海人皇子に仕え、672年に発生した壬申の乱においては近江国(現在の滋賀県)の諸将の筆頭として連戦連勝、最大の功を立てた人物として知られている。男依は壬申の乱が勃発するとまず美濃国安八郡へ急行し、3000人の兵士を動員して不破道を封鎖した。これにより敵方の大友皇子は東国との連絡を遮断され、東国に残った兵力は大海人皇子の手に帰すことになった。大海人皇子の軍勢はその後二手に分けられ、男依は近江方面に向けられた大軍を率いる役目を担う。近江に入った男依の軍は敵方の有力武将を次々に討ち倒し、進軍開始から僅か半月ほどで大友皇子を自害に追いやっている。地方豪族の出であった男依は政治的な要職に就くことはなかったが、壬申の乱での功績があまりに大きかったため、貴族でない者には異例ともいえる高位と領地を与えられた。 岐阜県各務原市には村国と名の付く神社が「村国神社」と「村国真墨田神社」の2つあるが、どちらも男依を祭神として祀っている。地元では産土神として崇敬されている他、勝負運にご利益があるという俗説も。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
村国雄依むらくにのおより
その他
村国小依むらくにのおより
その他
