前田利家
まえだとしいえ
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング655位
- 大名
戦国~安土桃山 [1539年(または1536年、または1537年)~1599年]
前田利家とは?
前田利家(1539-1599)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、戦国大名。加賀藩主前田氏の祖。豊臣政権の五大老の一人である。父は前田利春、母は長齢院、妻はまつで、子だくさんで知られている。14歳の頃から織田信長に仕え、傾奇者として知られており、槍の名手でもあったため「槍の又左」の異名があった。母衣衆として頭角を現した後は柴田勝家の与力としても各地を転戦しており、能登一国23万石を拝領して大名となる。本能寺の変の直後は、若いころから世話になっていた柴田勝家と、夫婦ともども親しい間柄の羽柴秀吉との仲を取り持とうと奔走したが、信長の跡目争いの賤ケ岳の戦いが起こってしまった。初めは勝家側についた利家だったが、旧知の仲だった佐久間盛政が破られると利家は府中城まで退却し、秀吉の誘いで和睦した。その直前、勝家は、利家がすんなりと秀吉に下れるように利家との上下関係を解消していた。情に厚い利家が、精一杯家臣を務めていた結果と言えよう。利家は勝家の助命も願ったが、それは許されなかった。以降、豊臣家と前田家は姻戚関係で強く結ばれ、利家は徳川に次ぐ家臣団の筆頭として重用された。晩年は病を押して秀吉の遺児・秀頼を助ける体制を敷いた。1599年、63歳で死去。 石川県金沢市尾山町にある尾山神社は、前田利家とまつを主祭神として祀っている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
