浅野長勲
あさのながこと
- 歴史的人物
- 男神・男性

国立国会図書館所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- その他
江戸~昭和 [1842年~1937年]
浅野長勲とは?
浅野長勲(1842-1937)は江戸~昭和時代の武士・政治家。浅野長訓の養子で浅野長厚らの親。安芸広島藩主を務める浅野家の家系に生まれ、伯父・浅野長訓の養子となる。長訓が安芸広島新田藩主を経て、安芸広島藩の家督を継いだことで、長勲も本藩の養嗣子となる。藩主の代理として上京し国事で活躍。安芸広島藩は、薩摩・長州の2藩と倒幕のための出兵盟約を結ぶが、一方では土佐藩を中心とした公議政体論にも傾き、幕府に対し大政奉還を勧告している。明治新政府において新しく設けられた三職の議定に任じられ、徳川氏の処分問題についての小御所会議にも出席した。明治維新後に最後の安芸広島藩主となり、版籍奉還後は知藩事となった。その後は、元老院議官、イタリア公使、貴族院議員などを歴任。また洋紙製造会社を設立し、十五銀行頭取を務め実業家としても活躍した。 長勲は饒津神社(広島県広島市)で祭神としてまつられている。饒津神社は広島城内に建立された、初代・浅野長政の位牌堂を始めとし、長政の正室、2代、3代の藩主が合祀されている。1920年に饒津神社で催された浅野氏広島入城300年記念祭では、多くの人々と共に参列。1940年に自身も合祀された。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
饒津神社
(広島県東区二葉の里二丁目6番34号)
