成瀬正成
なるせまさなり
- 歴史的人物
- 男神・男性

白林寺所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 大名
戦国~江戸 [1567年~1625年]
成瀬正成とは?
成瀬正成(1567?-1625)は戦国〜江戸時代の武士。成瀬正一の子で成瀬正虎らの親。三河国(愛知県)に生まれる。成瀬家は松平家からの家臣であり、正成も幼いころより徳川家康のそば近くに仕えた。小牧・長久手の戦いでは属していた小姓組から出陣。17歳の初陣ではあったが、敵武将の首級をあげる活躍を見せている。その後の幾たびかの戦でも武功をあげ、小田原征伐では下総国(千葉県)栗原に4千石、関ヶ原の戦いでは甲斐国(山梨県)に2万石、三河国(愛知県)加茂郡に1万石の領地を得て3万4千石の大名となった。また家康の側近として老中となり、初期の江戸幕府中枢において本多正純、安藤直次らと幕政に携わる。家康の9男・徳川義直の補佐となると、竹腰正信と共に尾張藩(愛知県)の統治機構の整備などに務め、藩政の基礎固めに尽力した。後に附家老に任じられ犬山に3万石の領地を与えられ犬山城主となる。附家老となり陪臣となった正成であったが、以前と変わらず幕政に参与し続けてた。 正成は犬山神社(愛知県犬山市)で主祭神としてまつられている。元々は犬山城内で祖先の霊をまつっていたが、正成以降の歴代犬山城主がまつられている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
犬山神社
(愛知県犬山市大字犬山字北古券12番)
