菅原文時
すがわらのふみとき
- 歴史的人物
- 男神・男性

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング1527位
- 公卿
- 漢詩人
平安 [899年~981年]
菅原文時とは?
菅原文時(899-981)は平安時代の学者。菅原道真の孫で菅原高視の子。菅原家代々に伝わり、修められてきた文章道を受け継ぎその才能を発揮。文章博士、大学頭、式部大輔など学者として高位の官職を歴任する。詩文の才能は、村上朝の漢詩人として名高い大江朝綱と並び称され、「和漢朗詠集」や「本朝文粋」などに多くの作品が収められている。また村上天皇が政治に関する意見を勅旨をもって求めた際には、贅沢・売官の禁止、外国の使節を接待するための鴻臚館の復活などを中国の故事を引用しながら論じた「意見封事三箇条」を提出。史書の編纂にあたった撰国史所の仕事にも携わっている。儒学者の慶滋保胤も文時の門人として漢学を学んでおり、師弟の逸話が「袋草子」に残されている。80歳を過ぎて従三位の位を授けられたが、同じ年の9月に死去している。菅三品の別名でも呼ばれた。文時は村上天皇の命により、太宰府に左遷された祖父・道真の足跡をたどり九州へ向かい、道真上陸の地に社を建立しており犬丸天満宮の創始とされている。 文時は大天満神社(北海道札幌市)で祭神としてまつられている。文時に連なる系統により創建されたとし、現在の地へは2006年に遷座している。
ご神徳
ご神徳は不明です。
