真田信安 神社の神様 - 神社ファン

真田信安

さなだのぶやす

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 藩主(松代藩)

江戸 [1714年~1752年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 真田信安とは?

    真田信安(1714-1752)は江戸時代中期の大名。信濃松代藩第4代藩主真田信弘の三男、あるいは四男という説もある。母親は側室冷台院。本来であれば家督を継ぐべきであった長兄の真田幸詮が早世したために父信安のあとを継ぎ松代藩5代藩主となる。信安が藩主となって間もなく「戌の満水」と呼ばれた千曲川流域の大洪水が起こり、藩内に大きな被害が生まれた。信安は千曲川の水害を防ぐために流れを大きく変える普請を行う。しかし、これらの出費に加えて家臣の相次ぐ不正などにより藩の財政は困窮を極めることになった。信安は原八郎五郎を勝手係に登用したが、八郎五郎の政策は藩士の激烈な反発を招いたために罷免にいたる。変わって田村半右衛門を登用し、再度財政の再建を図る。半右衛門は不正を働いた家臣に対して御用金の供出を命じ、同時に領民に重税を課すことにより財政の再建を断行し、松代藩には蓄えが生まれるに至った。しかし、半右衛門の仕打ちに反発した領民が一揆を起こしたために信安は半右衛門を罷免して投獄し死に至らしめた。この事件は「田村騒動」と呼ばれている。 信安は長野県長野市松代町にある白鳥神社に祭神として祀られている。白鳥神社は日本武尊を主祭神とした古社であるが、真田家の氏神として江戸時代まで崇敬され、歴代の松代藩の藩主が祀られている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。