松平直政 神社の神様 - 神社ファン

松平直政

まつだいらなおまさ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
松平直政

月照寺所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1003位

  • 藩主(姉ヶ崎藩
  • 大野藩
  • 松本藩
  • 松江藩)

江戸 [1601年~1666年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 松平直政とは?

    松平直政(1601-1666)は、江戸時代前期の大名、上総国姉ヶ崎藩主、越前国大野藩主、信濃国松本藩主を経て出雲国松江藩初代藩主。結城秀康の三男で、母は月照院。徳川家康の孫である。1607年に父の秀康が亡くなると、兄である松平忠直の元へ身を寄せた。1611年に徳川家康と謁見した際、兄の名をもらい受け、以降は出羽介直政と名乗る。大坂の陣へと参戦する際、母・月照院から母に「祖父の目にかなうよう、卑しき母の子として生まれたと後ろ指を差されることのないように」と言い含められ、冬の陣では真田幸村が守る真田丸で奮戦した。夏の陣ではついに真田幸村を討ち取り、他にも多くの首級を挙げたため家康に褒め称えられたという。1616年には幕府から上総姉ヶ崎藩1万石と従五位下・出羽守を叙任され、正式な大名となった。その後、越前大野藩5万石を経て1633年に信濃松本藩7万石へ加増移封され、松本城の修復や月見櫓の増築などを行う。また新銭座を起こして寛永通宝松本銭を鋳造、職人の人足役を免除し、松本町の地子年貢(地役)も免除するなど内政に奔走した。1638年にはさらに出雲松江藩18万6千石へ加増移封され、国持大名となる。以降も上洛を果たすなど出世するが、病に伏せた後1666年に病死した。 島根県松江市殿町に直政を主祭神として祀る松江神社がある。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    松江神社
    (島根県松江市殿町1)
    興国神社
    (北海道旭川市東鷹栖3条4丁目2947番地)