小野篁 神社の神様 - 神社ファン

小野篁

おののたかむら

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
小野篁

菊池容斎(前賢故実)

小野篁

月岡芳年(月百姿 孝子の月)

祭神ランキング1527位

  • 公家(貴族)
  • 歌人

平安 [802年~853年]

小野篁とは?

小野篁(802‐852)は平安時代前期の貴族であり歌人。父親は日本最初の勅撰漢詩集「凌雲集」編者の小野岑守。若年の頃に父岑守が陸奥守に任ぜられ、篁も帯同して赴く。陸奥の地では弓馬にいそしみ腕を磨いた。しかし、京に戻ったのちも学問をおろそかにした事から、時の嵯峨天皇に嘆かれた。この事を伝え聞いた篁は心を入れ替え学問に力を注ぐことになる。その結果、大学寮において漢文学を修める文章博士の生試に及第した。その後、参議に任ぜられ野宰相あるいは野相公などと呼ばれるようになった。篁は多感にして俊才、奔放な性格を有し、理解に苦しむ行動などもあったことから野狂などとも呼ばれた。遣唐使派遣の命を受けた際にはこれを拒否し、隠岐に流罪となった経験もある。篁はまた、閻魔王宮の役人とも言われ、昼は朝廷の官僚として出仕し、夜は閻魔大王のもとで役人を務めていたという伝説もある。京都市東山区の六道珍皇寺には、篁がこの世と閻魔宮を往来する入り口であったといわれる井戸が「黄泉がえりの井戸」として伝承されている。 篁は東京都台東区の小野照崎神社や滋賀県大津市の小野神社の境内社である小野篁神社に祭神として祀られている。どちらも学問の神様として崇敬されている。

ご神徳

学業成就 芸能上達 事業成功

別称・異称

野相公

やしょうこう

その他

野宰相

やさいしょう

その他

野狂

やきょう

その他

参議篁

さんぎたかむら

その他

祀られている主な神社

小野照崎神社
(東京都台東区下谷2-13-14)