小松勝豊
こまつかつとよ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
戦国 [~1575年]
小松勝豊とは?
小松勝豊(?-1575年)は戦国時代の武士。因幡国(鳥取県)の一地域で勢力を持った国人一族の小松氏に生まれる。小松氏は、平氏の棟梁・平清盛の長男・平重盛を開祖としており、平安時代末期に起きた壇ノ浦の戦いから落ちのびた平氏のうち、因幡国に移り住んだ小松氏が勝豊の祖であるとされる。小松氏は標高516mの山頂に築かれた婆ヶ城を代々の居城としていたが、勝豊が小松氏当主であった1575年に、尼子氏再興のため侵攻を続けていた山中幸盛により城を攻め落とされ、勝豊は討死し小松氏は滅んだ。婆ヶ城の表門に位置する清徳集落の清徳寺には、落城時に境内で自害した小松氏一族の墓碑が立ち並んでいる。清徳寺は、城主である小松氏の祈願所として庇護を受け栄えていたが、後の羽柴秀吉による因幡への侵攻において、多くの建物を戦火で失っている。 勝豊は小松神社(鳥取県八頭郡)で祭神としてまつられている。元は若宮と称し、廃社された歴史を持つが、再興され小松神社となった。小松神社は婆ヶ城の裏門に位置する柿原集落に位置し、同所には代々の婆ヶ城主の崇敬を集めていた清常神社も建つ。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
小松神社
(鳥取県八頭町柿原363番)
