宍戸隆忠
ししどたかただ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
戦国 [~1534年]
宍戸隆忠とは?
宍戸隆忠(?-1534)は戦国時代の人物。宍戸元源を父に持ち、大内義隆より偏諱を受けて隆忠と名乗る。政治手腕に優れた人物であり、父の補佐として安芸国(広島県)領内の統治に尽くした。特に農政に優れており、たたら製鉄の振興にも尽力した。兄である元家の子、宍戸隆家が家督を継ぐとその補佐としても活躍するが、家臣の讒言に惑わされた隆家により謀殺されてしまう。その後、因果関係は不明だが隆家は眼病を患い、一時失明に陥った。これを隆忠の祟りと信じた隆家は謝罪の証文を釼大明神に納め、祭神として隆忠を祀った。その後、眼病は癒えたという。 隆忠は宍戸大明神(広島県安芸高田市)に祀られている。1800年代には上甲立、下甲立、深瀬、糘地、浅塚、原田、高田原の各村にあったが、現在では上甲立の一社のみとなっている。また、神社の周りに広がる森林は天然記念物にも指定されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
末兼隆忠すえかねたかただ
その他
