山内豊範 神社の神様 - 神社ファン

山内豊範

やまうちとよのり

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
山内豊範

表記なし(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 藩主
  • 華族

江戸 [1846年~1886年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 山内豊範とは?

    山内豊範(1846-1886)は江戸時代末期の人物。山内豊資の子で、山内豊景らの親。土佐藩(現在の高知県)の第12代藩主・山内豊資の十一男として生を受けた。長男の豊熈が第13代藩主、次男の豊惇が第14代藩主の座に就いたものの、どちらも着任から間もなくしてこの世を去ってしまう。有能な兄たちが相次いで亡くなったことで十一男の豊範にも後継者の順が回ってきたが、豊範は当時まだ3歳であったため、分家出身者の豊信が藩の実権を握った。豊範が正式に家督を継承できたのは、1859年に豊信が安政の大獄で隠居処分にされた後のことである。紆余曲折の末に豊範は第16代藩主となったが、着任中に廃藩置県が行なわれたため、豊範は図らずも「土佐藩最後の藩主」となった。ただし1862年には処分を解かれた豊信が再び実権を握ったため、藩における豊範の力はそれほど強いとはいえなかった。 廃藩置県により高知藩知事に就任した豊範は、銀行や鉄道など様々な事業の成立に寄与した他、私塾の経営も行った。大名としては目立った活躍のない一方で、ビジネスマンとしては有能であったことが伺える。墓所は高知県の真如寺にあり、亀の姿を象った奇妙な墓として知られている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。