山内一豊
やまうちかずとよ
- 歴史的人物
- 男神・男性

東京大学史料編纂所所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1003位
- 大名
戦国~江戸 [1545年または1546年~1605年]
山内一豊とは?
山内一豊(1545-1605)は戦国時代から江戸時代前期にかけての人物。父は山内盛豊で、妻に見性院がいる。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の3人に仕え、土佐藩(高知県)の初代藩主を務めた。矢が顔面を貫通しても敵将を討つまで倒れなかったという逸話を持つほど勇猛な武将で、金ヶ崎、姉川の戦いで活躍したほか、天下統一後は大名として配置された播磨国(兵庫県)掛川城の城郭および城下町の整備や治水に取り組むなど、政治面でも大きく貢献した。関ヶ原の戦いでは家康方について活躍したことで信頼を勝ち取り、土佐24万石の藩主へと抜擢された。土佐では領民の食中毒を心配し、鰹を刺身で食べることを禁じたところ、領民たちが鰹の表面を炙り刺身ではないと言い繕って食べたという逸話が残っている。これが、土佐名物鰹のたたきの始まりとされている。また、一豊の生誕の地は神明生田神社(愛知県岩倉市)とされており、現在もこの地にはそれを示す石碑が建っている。一豊の墓は妙心寺大通院(京都府京都市)にあり、内助の功で知られる妻の見性院と並んで葬られている。夫妻が並んで葬られることは珍しい。 一豊は山内神社(高知県高知市)に妻や歴代土佐藩主と共に祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
