黒田孝高
くろだよしたか
- 歴史的人物
- 男神・男性

崇福寺所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1003位
- 大名
戦国~江戸 [1546年~1604年]
黒田孝高とは?
黒田孝高(1546-1604)は戦国時代末期から江戸時代にかけての人物。父に小寺家家臣の黒田職隆が、子に福岡藩初代藩主の黒田長政がいる。通称である黒田官兵衛、または剃髪後の黒田如水の名が有名である。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の戦国の三英傑に重用された優秀な軍師で、文化人としても名高い。小寺家の家臣として始まり、信長のもとでその知略を振るうと、後に秀吉にも重用される。竹中半兵衛と共に二大参謀として活躍し、小田原征伐の無血開城など多くの功績を残すも、石田三成と確執を作ったことで秀吉の怒りを買い、出家。如水軒円清と号して隠居した。しかし、関ヶ原の戦いで黒田家が徳川家康の陣に就くと、三成軍に対抗してこれを打ち破ったうえ、九州の武将を次々と征伐し徳川家の勝利に大きく貢献。その功績として福岡藩を任ぜられた。孝高はキリシタンであったと伝わっているが、その一方で神道への信仰も厚く、大友宗麟によって焼かれた宇佐神宮(大分県宇佐市)の再興に尽力した他、太宰府天満宮(福岡県太宰府市)には孝高が茶の湯に使ったとされる如水の井戸が残されている。 孝高は光雲神社(福岡県福岡市)に祀られている。また、2019年には新たに黒田家と縁のある広峯神社(兵庫県姫路市)の境内に官兵衛神社が建てられた。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
黒田官兵衛くろだかんべえ
その他
黒田如水くろだじょすい
その他
祀られている主な神社
光雲神社
(福岡県中央区西公園13−1)
