恒良親王
つねよししんのう
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 皇族
鎌倉~南北朝 [1324年~1338年]
恒良親王とは?
恒良親王(1324-1338)は、後醍醐天皇の皇子。母は後醍醐の寵姫阿野廉子。成良親王、義良親王の同母兄。後醍醐天皇と足利尊氏との内戦の中で、一時的に天皇となった。1331年に後醍醐天皇の2度目の挙兵計画が失敗し、鎌倉幕府に捕らえられる。1333年に太田守延に奉じられ、千種忠顕らとともに足利尊氏の六波羅探題攻撃に参加した。幕府が滅亡すると、皇子の中で最も年長だった恒良は皇太子に指名される。1336年、足利尊氏が離反した際は恒良は比叡山に逃れており、後醍醐天皇から皇位と三種の神器を譲られた。金ヶ崎城に入城した恒良は各地の武将に綸旨を発給しており、自らを天皇と認識していたことが伺えるが、後に京を脱出した後醍醐が吉野で南朝を開いた事により、恒良の皇位は無意味となり、恒良は歴代天皇には数えられていない。翌1337年、金ヶ崎の戦いで足利方の高師泰・斯波高経率いる軍勢により落城すると、恒良は捕らえられ京都へ護送される。太平記では弟の成良親王らとともに花山院第に幽閉され、足利直義に命じられた粟飯原氏光に毒殺されたと伝えられる。 福井県敦賀市金ヶ崎町にある金崎宮では、恒良親王が御祭神として祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
