孝明天皇
こうめいてんのう
- 歴史的人物
- 男神・男性

小山正太郎(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング655位
- 天皇
江戸 [1831年~1867年]
孝明天皇とは?
孝明天皇(1846-1867)は江戸時代の人物。父は仁孝天皇で、子は明治天皇。日本の第121代天皇に当たり、一世一元の制制定前に即位した最後の天皇である。黒船襲来により外交問題に直面した時代、孝明天皇は西洋医学を禁止するなど開国に強く反対する立場をとっていた。それにもかかわらず、幕府は朝廷の許可なく日米修好通商条約に調印。更には日英、日露と計三つの修好通商条約を無断で調印されたことで孝明天皇は激怒し、徳川家茂に将軍宣下を行わせ、攘夷を企てる。しかし、その後は幕府、薩摩藩、長州藩などの諸藩、公家や志士たちなどの権力争いに巻き込まれ、次第に権威を失っていった。最期は天然痘による病死とされているが、毒殺説なども囁かれている。孝明天皇は儀礼をことのほか大切にしており、即位前から民の平安を願う儀式を頻繁に行っていた他、攘夷祈願のために賀茂神社や石清水八幡宮に行幸したとも伝わっている。 孝明天皇は、平安神宮(京都府京都市)に祀られている。創祀は桓武天皇で、孝明天皇は平安宮で生涯を過ごした最後の天皇として祀られている。また、玉鉾神社(愛知県知多郡)も孝明天皇を祀る神社として有名である。この神社は孝明天皇の遺言で、熱田神宮と伊勢神宮の中間地点である武豊の地に創られたという。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
平安神宮
(京都府左京区岡崎西天王町97)
獅子内神社
(北海道当別町獅子内6429番地)
玉鉾神社
(愛知県武豊町字向陽2丁目17)
雄神川神社
(岡山県東区西大寺南2-9-21)
