向山周慶
さきやましゅうけい
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- その他
江戸 [1746年~1819年]
向山周慶とは?
向山周慶(1746-1819)は江戸時代の医師。向山政永の子。讃岐国(香川県)湊村の庄屋・向山家の3男として生まれ、政章と名付けられる。高松藩医・池田玄丈に師事し医術を学ぶ。玄丈は、藩財政回復のため5代藩主・松平頼恭の命を受け砂糖製造の研究を行っていたが、成し遂げられずに病没し、研究は周慶に引き継がれた。成果の出ないまま数年が過ぎた頃、急病で苦しむ薩摩国(鹿児島県)奄美大島出身の関良介を助ける。良介は恩を返すため、国禁を破り薩摩より甘蔗(サトウキビ)の苗を持ち出し周慶に届けた。これ以降、讃岐に移り住んだ良介の協力のもと研究は進み、悲願ともいえる砂糖の製造に成功する。藩によって砂糖の生産が奨励され、その管理が周慶に任されると、甘蔗の栽培法や砂糖製造法を藩内各地で指導して回り、やがて讃岐の砂糖は出荷した大坂の市場でも評判を呼ぶようになった。病のため74歳で死去した。 周慶は向良神社(香川県高松市、東かがわ市)で祭神としてまつられている。砂糖神として良介と共にまつられ、両名から1字ずつ合わせた社名が付けられた。東かがわ市の向良神社は周慶の出生地に建立され、地元では「砂糖神(サトガミ)さん」と呼ばれ親しまれている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
