見性院 神社の神様 - 神社ファン

見性院

けんしょういん

  • 歴史的人物
  • 女神・女性
見性院

表記なし(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 大名の妻

戦国~江戸 [1557年~1617年]

見性院とは?

見性院(1557-1617)は戦国時代から江戸時代にかけての人物で、土佐藩初代藩主山内一豊の正室。本名は「千代」とも「まつ」ともいわれるが、定かではない。父は近江浅井家の家臣である若宮友興とする説が有力だが、遠藤盛数とも言われている。1570年に結婚した夫の一豊との逸話を数々残しており、司馬遼太郎は「千代がいなければ、一豊が国持ち大名になるなどあり得なかった」と『功名が辻』の題材に据えたという。嫁入りの持参金(もしくはへそくり)で一豊が欲しがった名馬・鏡栗毛を購入し、それが織田信長の目に留まり、一豊が加増されたという話は有名である。他にも、一豊の築城の経費を出すために、自らの髪を売ったと言う話もある。大阪城で石田三成の人質となっていた時も、一豊に豊臣側の情報を密書として送るなどの貢献をし、そのおかげで一豊は関ヶ原の戦いで目立った軍功がないにもかかわらず、1600年に土佐24万石と大出世した。1605年に一豊が死去するとすぐに出家し、一豊が生前行きたいと望んでいた京都で隠居生活を送った。墓所は当時の大名では珍しい夫婦墓となっている。 高知県高知市にある山内神社には、一豊と見性院が併せて祭神として祀られており、夫婦円満のご利益があることで知られている。

ご神徳

夫婦和合

祀られている主な神社

山内神社
(高知県高知市鷹匠町2丁目4−65)