結城秀康
ゆうきひでやす
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1003位
- 大名
安土桃山~江戸 [1574年~1607年]
結城秀康とは?
結城秀康(1574-1607)は安土桃山~江戸時代の人物。徳川家康と長勝院の子、松平忠直らの親。家康の次男として生まれるが、のちに生まれた徳川秀忠が後継者とされていたため、10歳ごろに和睦の条件として、豊臣秀吉の養子となる。秀吉に実子が生まれると、再び養子に出され、北関東の名家である結城氏を継いだ。関ヶ原の戦い前の会津征伐では、上杉景勝を抑えるという影の貢献を果たす。関ヶ原の戦いののちに、越前北庄に50万石を超える加増移封となるが、発病。病のため、翌年死去。会津征伐での活躍でもわかるとおり、武将としての能力は高く、家康や周囲の人間からも認められていた。武術にも優れ、体格も良かったとされている。礼儀正しく、威厳もあり、家康の後継には秀康がふさわしいと思っていた重臣もいたほどである。 結城秀康は佐佳枝廼社(福井県福井市)や琵琶神社(福井県鯖江市)に祀られている。佐佳枝廼社では、福井藩初代藩主として、福井城の修築、城下の整備など、福井藩の基礎を築いたことや、武勲や人柄が信仰の対象となり、主祭神の一人とされている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
松平秀康まつだいらひでやす
その他
祀られている主な神社
佐佳枝廼社
(福井県福井市大手3-12-3)
