橘清友
たちばなのきよとも
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1003位
- 公家(貴族)
奈良 [758年~789年]
橘清友とは?
橘清友(758-789)は奈良時代後期の人物。参議・橘奈良麻呂の子で、仁明天皇の外祖父。父親が「橘奈良麻呂の乱」の首謀者として処刑された直後に生まれ、若くして非常に多くの書物を読み漁る勉強家だったと伝わる。また身長が六尺二寸(188㎝)と当時の日本人としてはかなり大柄で、絵に描いたかの如くハッキリとした目鼻立ちをしていた。天皇を祖先に持つ両家の子息にして、聡明かつ眉目秀麗でもあった清友は、その才を見込まれて20歳の若さで渤海使の接待役を任されている。この際、清友に出会った渤海の大使・史都蒙は「あなたの子孫は繁栄するが、あなた本人は32歳で厄があるでしょう」と予言。清友は786年に内舎人に任ぜられるなど順調に出世してゆくが、32歳で予言の通り病に伏し、回復すること叶わず死去した。 生前、清友は国司として伊予国(現在の愛媛県)に通い、井手神社にて妻の安産祈願を行ったとされる。この祈願によって後に仁明天皇の生母となる橘嘉智子が誕生した経緯から、井手神社には妊娠・安産のご利益があるとされている。また井手神社周辺には「たちばな」とつく地名・駅名・学校名が多く、今なお清友の痕跡を感じさせる。
ご神徳
ご神徳は不明です。
