吉田松陰
よしだしょういん
- 歴史的人物
- 男神・男性

山口県文書館所蔵(パブリック・ドメイン)

近世名士写真頒布会(近世名士写真)
祭神ランキング776位
- 藩士(長州藩)
江戸 [1830年~1859年]
吉田松陰とは?
吉田松陰(1830-1859)は江戸時代末期の思想家。父親は長州藩の下級武士杉百合之助、母の名は滝。叔父である山鹿流兵学者吉田大助の養子となり兵学を学ぶ。アヘン戦争が勃発し西洋列強に清国が植民地化されていく事を知った松蔭は日本国の行く末に大きな憂いを感じ、江戸留学の際には佐久間象山に師事し多くを学び取った。米国よりペリー2度目の来航の際には単身小舟で黒船に乗り付け留学を図るが失敗し萩に戻され幽閉されてします。幽閉が解けた後は松下村塾の主宰者となり、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋など、後の明治維新の立役者となる人材を数多く輩出する。その後徳川幕府が朝廷の許しを得ず単独で米国との間に修好通商条約を結ぶに至ると、これを激しく非難し幕府老中の暗殺などを企ててために再び投獄される。井伊直弼が大老に就任するや尊王攘夷派の弾圧が激しくなり、松蔭も江戸に送致され打ち首となって死亡した。 松陰は東京都世田谷区にある松蔭神社に祭神として祀られている。松蔭神社は江戸時代の毛利別邸の所在地に建立された神社であり、処刑された松蔭が埋葬された地でもある。学問家でもあった松蔭は学業成就のご利益があるとされている。
ご神徳
別称・異称
吉田寅次郎よしだとらじろう
その他
祀られている主な神社
松陰神社
(東京都世田谷区若林4-35-1)
山口縣護國神社
(山口県山口市平野二丁目2番1号)
桜山神社
(山口県下関市上新地町二丁目六番二二号)
松陰神社
(山口県萩市大字椿東一五三七番地)
